連載:日本の裏性接待史 シリーズ2:職域の深淵――福利厚生に隠された「通過儀礼」 第三章

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第三章:チームビルディングの嘘――壊死する現場のモラル

「チームビルディングなんて、ただの免罪符ですよ。実際には、上層部の『夜の運動会』の下準備をさせられているだけですから」

そう吐き捨てるのは、中部地方にある大手自動車部品メーカーで、若手中堅として労働組合の役員も務めていた佐藤(仮名・35歳)だ。彼が語るのは、毎年秋に開催される「全社合同キャンプ研修」の裏側である。

広大な自社保有のキャンプ場。数百人の社員が集まり、昼間はバーベキューやスポーツ大会に興じる。社内報には、笑顔で肩を組む役員と新入社員の写真が踊る。しかし、陽が落ち、一般社員たちがテントやコテージに引き上げた後、本当の「研修」が始まる。

「役員専用の大型ロッジがあるんです。そこには、選りすぐりの酒と食料が運び込まれ、昼間のイベントで『活躍』した若手女性社員たちが、事務局の手配で呼び出される。名目は『反省会』や『慰労会』。しかし、入り口には見張りの若手男性社員が立たされ、部外者は一切立ち入り禁止。中で何が起きているか、現場の人間はみんな知っています」

このシステムの最も悪質な点は、中堅社員や若手男性社員たちが、この「接待」を円滑に進めるための「設営係」として組織的に動員されていることだ。

「僕たちの仕事は、役員が気持ちよく酔える環境を作り、ターゲットの女性社員が逃げ出さないように外囲いをすること。そして、万が一彼女たちが泣き出したり、騒ぎ出したりした時の『火消し』です。これを完遂することが、現場での『デキる男』の条件とされる。チームビルディングという名の、共犯関係の構築ですよ」

このような歪んだ特権意識は、現場のモラルを確実に壊死させていく。 真面目に技術を磨き、生産性を上げようと努力する社員よりも、役員の夜の機嫌を取り、女性をうまくアテンドできる「調整型」の人間が評価され、出世していく。その光景を目の当たりにした若手社員たちは、二つの道を選択せざるを得なくなる。

一つは、組織の論理に染まり、自らも加害者側の論理を内面化すること。もう一つは、組織への忠誠心を完全に失い、「給料分だけ働く」という冷めた「静かな退職」へと向かうことだ。

「一番キツいのは、次の日の朝です」と佐藤は声を落とす。 「朝食会場で、昨夜ロッジに呼ばれた女性社員と顔を合わせる。彼女たちは死んだような目でパンを齧っている。それを、昨夜の『功労者』である上司たちが、何食わぬ顔で『昨日は遅くまでご苦労さん、いい研修になったな』と声をかける。その異常な光景が、この会社では『日常』として正当化されているんです」

さらに、この「福利厚生」という名の接待は、社内のパワーハラスメントを助長する温床ともなっている。夜の座敷で役員に気に入られた上司は、現場でどれほど理不尽な振る舞いをしても、上層部からの「覚えがめでたい」という理由で、人事処分を免れる。逆に、このシステムに疑問を呈した者は、「協調性がない」「チームワークを乱す」というレッテルを貼られ、キャリアを絶たれる。

「会社側はよく『アットホームな職場』と言いますが、それは裏を返せば『プライバシーがない』ということです。職域の隅々まで役員の目が光り、誰が誰と付き合っているか、誰が弱みを握られているか、すべてが管理されている。福利厚生施設は、その管理を強化するための収容所のようなものです」

壊死していく現場のモラル。それは、不良品の発生率や離職率といった数字にはすぐには現れない。しかし、一歩ずつ、着実に企業の競争力を削ぎ落としていく。 かつての日本企業が持っていた、現場の強い「誇り」は、今や役員たちの下劣な欲望という「福利厚生」の生贄に捧げられ、静かに消え去ろうとしているのだ。

次章では、この閉鎖的な「職域接待」が、いかにして地域の自治体や警察までもを巻き込み、巨大な「不可侵の聖域」を形成しているのか、その構造的癒着を暴く。

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