連載:日本の裏性接待史 シリーズ2:職域の深淵――福利厚生に隠された「通過儀礼」 第二章

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第二章:企業城下町の「献上」システム――選別される華

「あの会社で働くことは、この街で生きるための『身分証明書』なんです」

そう語るのは、西日本の某工業地帯にある巨大メーカーの工場で、長年事務職として勤務していた香織(仮名・40代)だ。その街では、駅前の商店街から、市役所のポスト、果ては地元の祭りの運営に至るまで、すべてがその「会社」を中心に回っている。

企業城下町において、その会社に採用されることは、本人だけでなく家族全員の安泰を意味する。しかし、その安泰という果実の裏には、組織のヒエラルキーが個人の私生活にまで根を張る「職域の影」が色濃く落ちていた。

「毎年、春になると『選抜』が始まるんです。新入社員研修が終わった頃、総務部の幹部が各部署を回って、若い女性社員の顔触れをチェックしていく。表向きは『社内報のモデル』や『役員秘書のバックアップ候補』という名目ですが、実態は違います」

彼女たちが真に必要とされるのは、本社の重役や、中央官庁から「天下り」してきた顧問、あるいは海外拠点のVIPが視察に訪れる際の「夜のアテンド役」だ。

選別基準は残酷なまでに明確だ。容姿の端麗さはもちろんのこと、何より重視されるのは「従順さ」と「地元のしがらみ」である。 「実家がその会社の下請け企業だったり、親戚が役職者だったりする子は、一番に狙われます。なぜなら、彼女たちは絶対にノーと言えないからです。もし不手際があれば、父親の会社の仕事が減らされるかもしれない。叔父の出世に響くかもしれない。そんな無言の圧力が、彼女たちの口を封じる最強の枷(かせ)になるんです」

アテンダーという「外注」のプロを雇う外資系企業とは対照的に、伝統的な日本企業は、この「内製化」された献上システムを好む。身内の恥を外に漏らさないという鉄の結束、いわゆる「ムラ社会」の論理だ。

接待の場は、一章で触れた山奥の保養所だけではない。工場の敷地内にひっそりと佇む「迎賓館」と称される古い木造建築や、地元の一等地に建つ社宅の最上階。そこでは、地元の高級料亭から運ばれた酒肴が並び、選抜された女性社員たちが、着物や清楚なワンピース姿で座に就く。

「最初は、ただのお酌なんです。重役たちが昔の自慢話をし、私たちはそれを笑顔で聞く。でも、酒が進むにつれて、彼らの手が伸びてくる。肩を抱かれ、太ももを撫でられる。周りの男性上司たちは、それを見て見ぬふりをするどころか、『専務のお気に入りになれて良かったな、これで君の評価も安泰だ』と、まるでそれが栄転であるかのように囃し立てるんです」

このシステムの恐ろしさは、それが「福利厚生」や「親睦会」という美名の下で、公式な業務の延長として処理される点にある。彼女たちの残業代は「特別手当」として加算され、翌日の遅刻も「体調不良」として黙認される。組織全体が、彼女たちの尊厳を切り売りすることで、上層部の満足という「円滑な組織運営」を買い取っているのだ。

「一度その役割を担わされると、もう逃げられません。次からも指名が入る。そして、その『実績』は、社内の人事評価システムには載らない、裏のキャリアパスになります。役員のお気に入りになれば、希望の部署への異動や、昇進が約束される。逆に拒絶すれば、窓際へ追いやられるか、耐え切れずに自己都合退職を迫られる」

香織は、当時一緒に「選抜」された同僚たちのその後を語る。一人は、ノイローゼを患ってひっそりと街を去り、もう一人は、役員の愛人として社内の重要ポストに居座り、今や後輩たちを「選別」する側に回っているという。

企業城下町という閉鎖的なコミュニティ。そこでは、巨大企業の煙突から吐き出される煙が空を覆うように、組織の論理が個人の尊厳を覆い隠していく。第二章で浮き彫りになったのは、組織の維持という名目で、若者の未来を「供物」として捧げる、土着的な生贄(いけにえ)の儀式に他ならない。

次章では、この「献上」が、いかにして現場の士気を歪め、組織の腐敗を加速させていくのか。「現場の怒りと諦め」の深淵に迫る。

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