連載:日本の裏性接待史 :港区の静寂と外資の咆哮――「グローバル・接待」の最前線 第三章

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第三章:M&Aの潤滑油――数千億円を動かす「肉体」という対価

東京・丸の内の高層ビル。会議室には、世界的な投資銀行のバンカー、戦略コンサルタント、そして買収対象となる日本企業の役員たちが顔を揃える。昼間の彼らは、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)やシナジー効果といった無機質な言葉を武器に、1円単位の攻防を繰り広げている。

しかし、交渉がデッドロック(膠着状態)に乗り上げた時、あるいは最終的な調印を翌日に控えた「勝負の夜」、舞台は丸の内から港区の「聖域」へと移る。

「M&AのDD(デューデリジェンス)は、帳簿を洗うだけではありません。相手の『欲望の脆弱性』を洗う作業でもあるんです」

外資系PE(プライベート・エクイティ)ファンドでシニアアソシエイトを務めていた男、佐藤(仮名)は、かつて自分が仕掛けた「クロージング・アテンド」の裏側を述懐する。

「ターゲット企業のオーナー社長や、実権を握る専務クラス。彼らは表向き、外資による買収に猛反発します。『先代から受け継いだ看板を守る』『従業員の雇用が最優先だ』と。しかし、夜の帳が下り、アテンダーが用意した最高級のプライベート・サロンに招き入れると、その鎧は驚くほど脆く崩れ去る」

佐藤が仕掛けたのは、地方に拠点を置く中堅製造業の買収案件だった。独自の技術を持ちながらも後継者不在に悩むその企業を、欧州系のファンドが飲み込もうとしていた。交渉の席で頑なだったのは、創業家出身の専務だ。彼は「外資に魂は売らない」と豪語していた。

しかし、佐藤がアテンダーのケンジを通じて用意したのは、その専務が密かに心酔していた「ある系統の記号」を持つ女性だった。清楚で理知的、かつて彼が若かりし頃に憧れ、手が届かなかった「理想の具現化」のような存在。

「酒が進み、理性の壁が薄くなったところで、彼女を投入する。その夜、タワーマンションの静寂の中で何が行われたかは、我々も追求しません。しかし、翌朝の交渉テーブルに現れた専務の顔を見れば、すべてが分かります。彼は、自分の『聖域』を我々に握られたことを自覚している。同時に、その快楽の継続を無意識に求めている。昨日までの『看板』へのこだわりは消え、条件闘争のトーンは劇的に下がります」

これが、グローバル資本が日本で行う「ウェットな買収術」の真髄だ。数千億円のディールを動かす潤滑油は、高級ワインでも、多額のキックバックでもない。それは、言葉にできない、記録に残せない、しかし肉体に刻まれる「背徳の共有」である。

なぜ、金銭ではなく「性」なのか。そこには高度なリスクマネジメントが働いている。

「現金での贈賄は、銀行口座や帳簿に痕跡が残ります。今の時代、それはあまりにリスクが高い。しかし、性接待は、その場限りの霧のようなものです。しかも、提供する側(外資)と提供される側(日本企業)の間に、強固な『一蓮托生』の絆を生む。相手の最も恥部と言える欲望を共有することで、裏切りを封じる『相互確証破壊』が成立するんです」

外資側にとって、この接待費用は「アドバイザリー費用」や「成功報酬」の一部として、タックスヘイブンを経由して巧妙に処理される。数億円の接待費を投じたとしても、それによって買収価格を数十億円引き下げることができれば、投資対効果(ROI)としては極めて優秀な「投資」となる。

この構造の中で、駒として使われる女性たちは、文字通り「ディールの一部」として計上される。彼女たちが一晩で受け取る100万円のチップは、数千億円の取引における誤差の範囲に過ぎない。しかし、その誤差が、一企業の運命を、数千人の従業員の人生を、いとも簡単に変えてしまう。

「僕たちは、日本の資本主義のラスト・リゾート(最終手段)を売っているんですよ」

ケンジは、深夜の六本木を眺めながら自嘲気味に笑う。

「理論と数字で勝てない外資が、日本の『情』と『欲』に付け入る。そして、日本の経営者たちは、自分の欲望と引き換えに、国家の富を差し出す。このM&Aの現場で行われているのは、洗練された略奪です」

翌朝、丸の内の会議室で、昨日までの険悪な空気は嘘のように消え、両者は笑顔で握手を交わす。プレスリリースには「戦略的パートナーシップの構築」という美しい言葉が並ぶ。しかし、その契約書に滲んでいるのは、インクの匂いだけではない。港区の深い闇の中で交わされた、名前も知らない女性の香水の匂いと、抗いがたい欲望の残香だ。

日本の産業界が「グローバル化」という名の荒波に揉まれる中で、その船底には、決して表には出ない、しかし確実に船を動かす「肉体」という名の錘(おもり)が沈められているのである。

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