連載:日本の裏性接待史・外伝 フィットネス業界編:高額セッションという名の「愛人契約」

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フィットネス業界編:高額セッションという名の「愛人契約」

第一章:防音の密室――「パーソナル」が意味する秘匿性

「クライアントが求めているのは、正しいスクワットのフォームではありません。自分だけを全肯定してくれる『特別な肉体』と、誰にも邪魔されない時間です」

そう語るのは、都内の高級住宅街にある完全紹介制ジムでマネージャーを務めていた、元ボディビルダーの健二(仮名・30代)だ。彼が管理していたのは、1回数万円、入会金だけで数十万円という、浮世離れした価格設定の「VIP専用ルーム」である。

フィットネス業界の接待がこれまでの業界と一線を画すのは、それが「健康管理」や「ボディメイク」という、極めて正当な名目の下で行われる点にある。

「顧客の多くは、企業の経営者や、富裕層の高齢者です。彼らは、銀座のクラブで酒を飲むよりも、若くて美しいトレーナーと一対一で汗を流すことに、より高い価値を見出しています。そこでは、トレーニングの指導という名目で、合法的かつ濃厚な身体接触が行われる。そして、その『セッション』の延長線上に、高額なプロテインの定期購入や、合宿と称した温泉旅行、さらには直接的な肉体関係が組み込まれているんです」

この業界の接待は、トレーナー側が「商品」となる。 「会社側は、あえてアイドル並みの容姿を持つ男女を『エグゼクティブ・トレーナー』として採用します。彼らには、顧客の孤独を埋め、依存させるためのコミュニケーション術を叩き込む。所詮、筋肉はフックに過ぎません。真の商品は、彼らとの『疑似恋愛』、あるいはその先にある『所有権』なのです」

第一章では、パーソナルジムという「健康の聖域」が、いかにして現代のパトロン制度の温床となっているのか、その入り口を浮き彫りにした。次章では、このシステムを維持するために、トレーナーたちがいかにして「肉体の改造」と同時に「自尊心の破壊」を強いられていくのか。その選別と教育の闇を暴く。

第二章:プロテインとドーピング――「商品価値」を維持するための肉体改造

「鏡の前に立っているのは、自分自身の肉体ではありません。クライアントが買い取った『理想の偶像』です」

そう語るのは、かつて都内の高級パーソナルジムで「エグゼクティブ・トレーナー」として指名率トップを誇ったタクヤ(仮名・26歳)だ。彼のSNSには、彫刻のような腹筋と爽やかな笑顔が並ぶが、その維持には、プロテインの摂取だけでは到底届かない「代償」が伴っていた。

フィットネス業界における接待は、トレーナー自身の肉体が「接待会場」そのものとなる。 「顧客である経営者やマダムたちが求めているのは、教科書通りの健康体ではありません。触れた瞬間に溜息が漏れるような、非現実的なまでの筋密度と、一切の無駄を削ぎ落とした皮膚の質感です。それを一年中維持するためには、身体を壊すほどの過酷な減量と、時には海外から取り寄せた未承認の『サプリメント』、つまり経口ステロイドに頼らざるを得ないんです」

ジムの経営層は、こうしたドーピングを黙認、あるいは暗に推奨する。 「『君の筋肉が落ちることは、会社の売上が落ちることと同義だ』とプレッシャーをかけられます。特定のパトロンがついたトレーナーは、そのパトロンの好みに合わせて肉体を作り替えなければなりません。もっとバルク(厚み)が欲しいと言われれば薬を増量し、もっと細マッチョがいいと言われれば、栄養失調寸前まで食事を抜く。自尊心は、筋肉と共に肥大するのではなく、むしろ削り取られていくんです」

この「肉体の供物化」を支えるのが、高額な物販システムだ。 「セッション中に、一袋3万円もする『特殊な成分配合』を謳うオリジナルプロテインや、1本数千円のサプリメントを顧客に買わせます。実際には市販品と大差ないものですが、顧客はそれを、お気に入りのトレーナーへの『貢ぎ物』や『チップ』として購入する。この物販のキックバックが、トレーナーの給料の半分以上を占める構造になっています」

顧客との関係が深まれば深まるほど、セッションの時間は「トレーニング」から「カウンセリング」という名の密会へと変容していく。 「インターバル(休憩時間)がどんどん長くなり、最後にはストレッチ用のベッドで、身体のケアという名目の、マッサージを逸脱した行為が要求される。防音の個室、外からは見えないマジックミラー。そこは、パーソナルトレーニングという免罪符によって守られた、密室のラブホテルと同じです」

タクヤは、ある大手企業の女性役員から「専属契約」を持ちかけられた。 「ジムを通さず、彼女の自宅のジムで教える代わりに、月100万円の手当と、高級マンションの提供。提示された条件は魅力的でしたが、それは同時に、僕という人間が彼女の『動く彫刻』として飼われることを意味していました。ステロイドで内臓を傷め、精神を病んでいくトレーナーは少なくありません。僕たちは、プロテインの甘い香りに包まれながら、自らの命を切り売りしているんです」

美しく、逞しく、そして従順。フィットネス業界が作り出す「理想の肉体」は、現代のパトロンたちが己の富と権力を確認するための、最も高価で、最も儚い「生きた装飾品」なのである。

次章では、この歪んだ関係が、SNSという拡声器を得て、いかにして「インフルエンサー」という名の新たな接待層を生み出し、一般層をも巻き込む巨大な虚飾の渦へと発展していくのかを暴く。

第三章:承認欲求のマーケット――「憧れ」を餌にするインフルエンサー接待

「腹筋のカット一枚、お尻のライン一つで、動く金が変わるんです。もはやトレーニング指導の技術なんて二の次ですよ」

そう冷ややかに笑うのは、フォロワー10万人を超える人気フィットネスモデルであり、都内の一等地でスタジオを経営する沙織(仮名・28歳)だ。彼女の仕事の半分は、ジムでの指導ではなく、スマートフォンの画面越しに「理想の生活」を演出し、その裏で特定のスポンサーやパトロンと「調整」を行うことである。

SNS時代のフィットネス接待は、極めて巧妙な「ステルス(隠密)」の形をとる。 企業は、自社のサプリメントやウェアを宣伝するために、影響力のあるトレーナーを「公式アンバサダー」として囲い込む。しかし、その契約書の裏には、経営者や重要顧客を招いた「シークレット・ワークアウト」への参加が義務付けられていることが多い。

「表向きは『ファン交流イベント』や『新商品体験会』です。でも、実際にはスポンサー企業の社長や、その知人である富裕層たちのためのプライベートなパーティー。私たちは、タイトなウェアに身を包み、彼らと一緒に汗を流し、写真を撮り、笑顔でプロテインのシェイカーを振る。彼らにとって、有名インフルエンサーを自分の隣に侍らせ、SNSに投稿させることは、高級車を乗り回す以上のステータスなんです」

この「トロフィー」としての接待は、デジタルな数値となってトレーナーに跳ね返る。 パトロンとなる顧客は、自分の「お気に入り」を有名にするために、フォロワーの買い取り資金を提供したり、プロのカメラマンを雇って「映える」投稿を演出させたりする。そうして作り上げられた「憧れの存在」という虚像が、また新たな一般の入会者を呼び込み、高額なプロテインを売りつけるための「餌」となるのだ。

「一番グロテスクなのは、その『憧れ』を抱いてやってくる一般の女の子たちを、私たち自身が搾取する側に回ることです」

沙織は続ける。 「『私みたいになりたければ、このサプリを飲んで、このコースを受けて』と囁く。彼女たちが払う月謝や物販の売上が、私たちのブランド品に変わり、パトロンとの豪華なディナーの資金になる。SNSのフォロワー数は、どれだけ多くの人間をこの『虚飾のループ』に引き込めるかの指標でしかありません」

さらに、インフルエンサー同士の「接待合戦」も激化している。 特定のジムの勢力を広げるために、他校の有名トレーナーを「引き抜き」と称して、より好条件のパトロンに紹介する。そこでは、肉体美を競うはずのコンテストの順位さえも、裏での「接待の厚み」や「スポンサーのパワーバランス」で決まることがあるという。

「ステージ上の順位は、夜の座敷で決まっている。そう囁かれるほど、この業界の審査基準は不透明です。結局、誰が一番美しく鍛えているかではなく、誰が一番『使い勝手のいい商品』であるかが問われているんです」

画面越しの美しき肉体たちは、大衆の承認欲求を吸い上げ、それを裏側の権力者へと献上するための、高度にチューニングされた「生きた広告」に過ぎない。

次章では、この華やかな「インフルエンサー接待」の影に隠れた、地方や中規模ジムでの「セクハラとパワハラの温床」としてのフィットネス業界の、より泥臭く暴力的な側面を暴く。

第四章:密室のパワハラ――「補助」という名の手枷(てかせ)

「『もっと追い込め』。その言葉は、筋肉に対してではなく、僕の自尊心に対して向けられていたんです」

そう声を震わせるのは、地方の準大手フィットネスクラブで働いていた元トレーナーの直樹(仮名・24歳)だ。彼が直面したのは、華やかなメディア露出とは無縁の、閉鎖的な体育会系組織による「肉体的な隷属」だった。

フィットネス業界において、トレーニング中の「補助(アテンド)」は不可欠な技術だ。限界を超える重量を扱う際、トレーナーが顧客の体に触れ、軌道を修正する。しかし、この「正当な身体接触」こそが、ハラスメントを隠蔽する最大の隠れ蓑となる。

「特定の有力顧客、いわゆる『ジムの主』のような年配の男性客が、若手男性トレーナーを指名し、過度な身体接触を要求することが常態化していました。ベンチプレスの補助の際、わざと顔を近づけさせたり、ストレッチと称して際どい箇所を触らせたりする。それを店長に報告しても、『あの方は年間100万以上落とすVIPだ。少々のことは我慢して、上手く転がせ』と一蹴されるだけでした」

この業界のパワハラは、肉体的な優劣がそのまま階級(ヒエラルキー)に直結するという、極めて原始的な論理で支配されている。 「店長や先輩トレーナーからの『指導』もまた、肉体的な追い込みという形をとります。閉店後、強制的にトレーニングに付き合わされ、限界を超えているのに無理やり重量を足される。いわゆる『しごき』です。そこで泣き言を言えば『そんな根性で客に教えられるか』と罵倒される。肉体を鍛える場所で、肉体を人質に取られる。これほど逃げ場のない監獄はありません」

さらに、女性トレーナーに対する「アテンド」の闇はより深い。 「ダイエット目的で入会した新規の女性客に対し、無料体験の時点で『あえて不安を煽り、身体を触って親密さを演出する』というマニュアルが存在するジムもあります。これを『ボディタッチ・マーケティング』と呼び、成約率を上げるためのテクニックとして教え込む。若手女性トレーナーは、自らがハラスメントの加害者になることを強要され、その罪悪感で精神を病んでいくんです」

密室、大音量のBGM、そして鏡張りの空間。 そこでは、顧客もスタッフも「自分の肉体がどう見えているか」という執着に囚われ、客観的な倫理観が麻痺していく。補助という名の手枷をはめられたトレーナーたちは、顧客の欲望と上司の数字至上主義の板挟みになりながら、プロテインで膨らませた偽りの自信を、内側から食い破られていくのだ。

「辞めたいと言っても、『お前の代わりはいくらでもいる。この業界で干されたらどこも雇ってくれないぞ』と脅されました。彼らにとって、トレーナーは消耗品のダンベルと同じなんです」

フィットネスという名の「自己実現」の舞台裏。そこにあるのは、鍛え上げられた肉体とは対極にある、脆弱で歪んだ支配の連鎖であった。

次章、最終章では、この「筋肉のバブル」がいかにして弾け、偽りの健康美に依存したビジネスモデルが崩壊していくのか。そして、その後に残る「本当の健康」とは何なのかを総括する。

第五章:鏡の中の虚脱――バブルの終焉と「本物」の選別

「鏡に映る自分を愛せなくなった時、このビジネスは終わるんです」

そう静かに語るのは、かつて数店舗のパーソナルジムを経営し、現在はすべてを畳んで地方で静かに暮らす元オーナーの松本(仮名・40代)だ。彼が目撃したのは、過剰な性接待と承認欲求のインフレによって、フィットネスという「聖域」が内側から腐り落ちていく光景だった。

フィットネス業界を襲った崩壊は、皮肉にも「あまりに美しすぎたこと」が原因だった。

「顧客たちは、トレーナーという『偶像』を買い、その肉体を介して疑似恋愛や支配欲を満たしてきました。しかし、その魔法は長くは続きません。トレーナーがステロイドの副作用で体調を崩し、あるいはパトロンとの醜い金銭トラブルやセクハラ訴訟がSNSで拡散される。一つ一つの『理想』が剥がれ落ちるたびに、業界全体の信憑性が死んでいったんです」

かつて「健康」を売っていたはずのジムは、いつの間にか「依存」を売る場所になっていた。 高額な回数券を売りつけるために、顧客の孤独を突き、トレーナーとの不適切な関係をエサにする。そんな「ドーピング」のような経営手法は、やがて利用者の「飽き」と、社会の冷ややかなコンプライアンスの視線によって限界を迎えた。

「一番悲惨だったのは、使い捨てにされた若手トレーナーたちです」と松本は続ける。 「彼らは、会社から強要された『もてなし』の結果、まともな指導技術を磨く機会を奪われました。バブルが弾け、ジムが倒産した後に残ったのは、ボロボロになった内臓と、筋肉だけが肥大した、社会性の欠如した若者たち。彼らには、もう一度普通の社会に戻るための『心』が残っていなかった」

今、都市部のあちこちで見かけるのは、かつての高級ジムの跡地に入った、無人の24時間セルフジムだ。 そこには、過剰なアテンドも、湿り気を帯びたパーソナル指導も、夜の街へと続く接待の誘いもない。ただ、冷たいマシンの金属音だけが響いている。それは、人間関係のドロドロとした「肉欲」に疲れ果てた消費者が、最後に辿り着いた「無機質な隔離空間」のようにも見える。

「本当の健康とは何だったのか。それを誰も答えられないまま、この業界は一度死ぬ必要があります」

フィットネス業界の「裏性接待史」。それは、自己肯定感という、現代人が最も渇望する心の隙間に、筋肉という鎧と性という毒を流し込んだ、残酷な錬金術の記録である。 鏡の中に映る自分を愛するために、他人を、そして自分自身を「商品」として売り渡した代償は、あまりに大きかった。

狂乱の宴が去った後のジムには、プロテインの甘ったるい香りと、誰にも見られることのない鏡だけが残されている。その鏡は、今、何を映し出しているだろうか。

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